感情の話

欲望という名の電車

欲望という名の電車を見に行った。

ガラスの動物園で有名なテネシー・ウィリアムズが書いた戯曲なのだが、元々沢尻エリカが結構好きだったかつ彼女が板の上に立ってくれることはもしかしたら今後一切ないかもしれないと思ったのでこれ幸いと見に行くことにした。ガラスの動物園は読んだことがあっても欲望という名の電車は見た事もないし名前は今回初めて知ったので、正直開演直前にパンフレットを読むまで沢尻エリカ伊藤英明の熱烈なラブストーリーでラブシーンがあったらどうしようとか思って震えていたのだが(嫌で)そんな心配は全くなかった。

 

 

会場に着いたら今まで観劇であまり見た事の無い客層が多く面食らった。異様に"業界っぽい"空気が蔓延している。その中に浜崎あゆみの今ここに浜崎あゆみが存在していますといわんばかりの真っ白な花に始まりあらゆる芸能人や関係者の祝い花が会場を一周するほど飾ってあり、メンツも木村拓哉萬田久子品川祐などだったため一瞬平成20年代にタイムスリップしたかと思った。

パンフを購入して席に着くとすぐ開演前だと言うのに舞台上で寸劇が始まったのだが、一緒に見ていた母が「最近はこういうのが流行りなんだね〜パラサイトとか。」というので、そういえばジュニアの冬帝劇もそうだったよ!と言ったら一緒にするなよと怒られた。本当にそう。しかもパンフレットを開いたら演出がパラサイトの人で、ただの手癖だった。

 

そもそも欲望という名の電車とは、沢尻エリカ演じるブランチ・デュポワが結婚した妹ステラのアパートを訪問するところから始まる。このブランチとステラはそれなりにお嬢様だったのだが、今では土地を失い没落したとしか言えない状態にあり、それでもブランチは英語教師(ここは原作ではどのようになっているのか分からないが)をしながら土地を守ろうと頑張って生きてきたという触れ込みから始まる。しかし、妹ステラの夫であるスタンリーはお嬢様育ちが抜けきらない高飛車なブランチのことを気に入らず素性を聞き回り、本人が連れ込み宿に毎度色んな人を連れ込んではすごして最終的に17歳の教え子と肉体関係を持ち英語教師はクビになっている、というブランチが隠してきた事実を本人や周囲に突きつける。本人はそれ以前から若い頃結婚した夫が同性愛者で目の前で自殺されたことに対してトラウマを抱いていたのだが、スタンリーによるあれやこれやにより完全に精神的に破綻してしまい、妹ステラに精神病院に送られるというストーリーである。まあ、私は忘れっぽいのでこの間に色んなことがあったがそれを全部書くことは出来ない。

正直前半110分後半80分なのに対して体感は前半150分後半40分だったと思う。とにかく前半が長く冗長で、まあ冗長を楽しむべきだと思うのだがおしりにクッションを敷き忘れたのでもうとにかく半分すぎたくらいから痛すぎて暗転の度に早く休憩になれと念じていて余計長く感じた。

あと、実際前半は何も起きないのだ。最初にブランチが現れる以外ミッチと付き合うような付き合わないような、揉めるような揉めないような、ずっとそういった感じなので若干むずむずする。後半は物語が一気に進んでいき、飽きがこない。

後半の、と言うより最後のスタンリーがブランチに事実を突きつけるあたりからずっとすごくて、ブランチは虚言癖というか妄想と現実の区別が付かなくなっている部分があるのだがそれでも心だけは嘘をついたことはなかった!と言ってのける。最終的にスタンリーによってレイプされてしまった(◀️スタンリーというこの世の全ての最悪男を煮つめた存在)ことによってブランチの唯一の支柱であった心が折れてしまったように見えた。そのあと、ブランチは妹によって何も言われずに精神病院に送られるのだが、最後に迎えに来た医者に「どなたかは存じ上げませんがわたくしいつも見ず知らずの人の好意にすがって生きてまいりましたの」と真っ白いワンピースに晴れやかな笑顔で言う。最初見た時トランクを渡したステラに向かって言うもんだからステラのことを忘れてしまったのか、それでも彼女の中に心が生きているのか、と思ってかなり泣けたがパンフレットを見たら医者に向かってというので違うらしい。鼻水すする音ひとつ聞こえない中私だけ嗚咽するくらい涙が止まらず、本当に申し訳なかった。それでも後半にかけての沢尻エリカのブランチは本当に良かったのだ。最後線路でたたずむブランチとかカーテンコールのカプ演出に関してはちょっとやりすぎなように思えたけど。

 

家に帰ってから欲望という名の電車の演目を調べたら、以前大竹しのぶがブランチを演じていたことがあるらしい。そりゃ大竹しのぶのブランチは凄まじいだろうなと羨ましくなった。それ以外にも今回のミッチを演じた高橋努さんがパンフレットで話していたのだが、スズカツが北村有起哉をスタンリー、篠井英介のブランチ、田中哲司のミッチなどで公演を行っていたらしい。キャスティングセンスが神すぎないか。

沢尻エリカはパンフレットで『ブランチは単に精神を病んだ可哀想な女性と言うだけではなくて(笑)(略)人間味のある人だ』という話をしていたのだが、今回本人と重ね合わせられやすい、いかにも沢尻エリカぽい役にこのように言ってのけるのが沢尻エリカブランチの良さなんだと思う。そういう絶対譲らない核や強さみたいな部分でリンクしているのが伝わってきて、演じると言うのはこういうことなんだなと実感した。

あとはなんだろう。個人的にはあんまりこの人の演出好きじゃない気がする。理由はないけど感覚的に。あと伊藤英明は顔も体もデカすぎて漫画みたいだった。ブランチがステラに私の小さなお星様〜みたいな声掛けをするんだけどロミジュリで乳母がジュリエットに子羊さん!って声かけるシーンとそっくりで一瞬そっちに持ってかれた。あと沢尻エリカブランチの声のうわずりが気になったんだけどそれはそういう意図があるんじゃないかと親に言われたのでそうなのかと一旦納得しかけている。

 

今回ブランチもスタンリーも正気で、ブランチはスタンリーが正気で生きてることを理解しているがスタンリーは目先の振る舞いやあくまで自分の嫌悪感を優先させてブランチが本気でそれをやっているのかをあまり考えていないような気がした。なんかそれが生活保護受給に対しての世間の風当たりの強さと生活保護受給者の状態を見ているようでスタンリーのことはただ嫌いだなあと思った。ステラは姉がどういう人間であるかを理解して板挟みになりながらも最終的にスタンリーに負けて、自分でも面倒を見きれないと思ったのかなと思うとそこもリアルでかなり苦しかった。スタンリーは妊娠中のステラを殴るしステラが出産で入院してる時にブランチをレイプするし嫌だということは全然辞めないし本当に何もかも最悪なのだが、ステラが絶対に別れを選ばないのもこわかった。ステラはスタンリーを愛してるからなんだろうけど愛で許容されていいことなのかわからない。ステラもスタンリーもブランチも全員ちょっとずつ共感できるからつらい。ミッチはなんか全てがバキバキ童貞でかなり面白かった。でもミッチは劇中では受け入れられなかったかもしれないけど時間経過とともにブランチの過去も含めて受け入れられそうなのにね。